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NO20-1『若年性アルツハイマー型認知症の介護16年』

被介護者 妻 70歳  介護度4      介護者  夫 75歳

妻(70歳)の介護をしており、発症から16年ほどになりますが、現在は特別養護老人ホームに入所しています。
本人とは2月よりインフルエンザとコロナウイルスの問題で面談できません。

月に2回、生活状況を聞きに訪問しています。

施設より毎回「穏やかに生活してます。特に問題はありません」との回答で安心していますが、

今まで毎日訪問し、体操し、30分以上狩野川の堤防を散歩しながら歌を歌い、体力の維持に努めていました。

 

 

しかしもう5ヶ月近く散歩が出来ない状態で、体力の衰えが心配です。

訪問時に私からケアマネに「トイレはどうですか?」と尋ねますと

「立ち上がるのに拒否があります」また「風呂はどうですか?」と尋ねますと

「日によっては難しいこともあります」と質問には具体的に状況を知らせてくれますが、

認知の進行は思っているより進んでいることが気になります。

 

 

入所した時から6年間を振り返ってみますと、当初は「早くうちに帰りたい」「なんでここに居るの」と

まだわかることが多く、普通に話もできました。

私が行くと「あ、お父さんだ」と椅子を立ち、走ってきました。

しかし帰る時は、私の様子で帰るのが分かるのか「私も行く」と離れません。

職員が中に入り、視線を遮り、話しかけるその一瞬に逃げるように出てきます。

とくには職員を振り切って追いかけて来て帰れずに困ることもありました。

今思うと、大変なことも多々ありましたが、懐かしく良い時でした。

 

 

 

施設内で仲良しも増え、とても安定していた期間もありました。

訪問してもユニット内にも部屋にも見当たらなく、他のユニットまで遊びに行くことが多くなり、

本人は心地よく満足した時を過ごしていました。

 

しかし時が進み、仲良しの人も体調不良、認知の進行等により1人減り、2人減り、

自分も認知の進行があってか、出歩くことが少なくなり、ユニット内ででの生活が毎日となりました。

 

 

入所当時は「散歩に行く」よ聞くと「行く行く」と自分で帽子をかぶり、1時間以上歩きました。

また堤防の階段を何度も上り下りし、本人は外が良いのか帰りたがりませんでした。

 

 

堤防には春から夏にかけて色々な花が咲き、「綺麗だね」」と喜び、

グランドで子供たちの野球やサッカーの練習を「可愛いね」と見ていました。

また桜の時期は木の下で歌を歌い、お菓子を食べ楽しみました。

 

 

時が移り徐々に歩く距離が短くなり、歩く歩幅が狭くなり、散歩の状況から見ても、

体力や体の動きの低下がわかります。

面談が再開しましたら、全ての機能が少しずつ低下していますが、

その時その時の本人の気持ちを思い、残っている記憶を引出し話しかけ、

歌ややさしい体操、散歩等して心地よい時を過ごしてゆきたいと思います。

 

 

 

[木野理事長コメント]

 

ほほえみの会員で男性の介護者は少ない。

28年間の歴史の中でも第1期に当たるYさんが一人居たことを思い出す。

奇しくも今回の介護者の方と同じ姓だ。

彼はクリニックに初めて一つ年上の妻を連れて来たとき、

私から「奥さまを叱ったりしていませんか。認知症の人には優しくしてあげて下さいね」と言われ、

この一言を実行したために後に「先生の言う通りにしたお陰で大変でしたよ。

妻が私の姿を追いかけるので心休む暇がないですよ」と笑いながら愚痴を言ったことを

今でも思い出します。

 

そのYさんが妻を送ってからもほほえみの会の卒業生として何年も出席して

介護保険制度の研究をして後輩の介護者に助言をしてくれていましたが、

昨年88歳で天国の妻のもとへ旅立たれました。

 

 

 

介護現役のYさんも在宅介護から特養へ入所した時は、

子供さん達から「お父さんが倒れたらお母さんが一番困るんだから無理せず施設入所を考えてよ」

と言われて、その通りだと思う反面、「いや自分が看たい」と悩んだ時、

ほほえみの会員仲間が「施設に入って自分に余裕ができると今以上に優しい気持ちで介護できるんではないか」

Yさんの背中を押しましたね。

要介護3になったのを機に特養へ入所すると、例会では「毎日面会に行っています」と言う報告が

何ヶ月も続きましたね。

私が口を出して「毎日面会ではYさんが休む暇無いのではないですか」と言ったこともありましたね。

 

 

 

今回の「感想文」では、それから年月が移ろい最近のYさんの心境が過不足なく記述されました。

記録することで後に続く後輩の介護者の目に止まることを願っています。